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<地方都市の概要>
細川氏の発祥地と、徳川家康の生誕地として有名である。豊田市と列んで、西三河地方を代表する都市の一つ。
中心部は額田郡に属しており、廃藩置県の時期には額田県の県庁所在地であった。又、一部に碧海郡の地域を有する。
昼間人口比率が93%のため、当初は中核市への移行が無理だったが、要件の緩和で中核市に移行した。
名古屋市、豊田市、安城市などへの流出が多いベッドタウン。
教育施設や史跡が多く、市の規模に比して文教都市の色が濃い。また、伝統地場産業には八丁味噌、花火、石製品、額田の豆腐などがある。
2006年1月1日に額田郡額田町を編入した。これにより、額田郡は幸田町のみとなった。
岡崎市民は、「岡崎」の語を「おかざき」ではなく「おかざき」と平板に発音する。
岡崎が舞台となったNHK連続テレビ小説純情きらりの中でも、
放映開始当初は「おかざき」と発音していたが、途中から「おかざき」の発音に改められた。
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2000/05/15 とコマンド欄に入力する。
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1999/10/25 とコマンド欄に入力する。
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歴史
1524年、七代松平清康が、安城から岡崎に拠点を移した。
そして1531年に、狭くて軍事的にも不助ェだった旧岡崎城(明大寺城)を廃し、
龍頭山の砦を整備・拡張、新岡崎城(別名、竜城、竜ヶ城)と呼び替えた。
江戸時代に入ると、徳川家康誕生の地として別格の扱いを受けるようになった岡崎は、更に発展を遂げた。
東海道沿線に岡崎宿、藤川宿の2宿が置かれ、宿場町として栄えた一方、岡崎は城下町でもあったため、
防衛上の観点から「二庶オ曲」と呼ばれる複雑な屈折があった。
また、「五万石でも岡崎様は、お城下まで舟が着く」と謡われているように、矢作川と乙川の合流地点にある岡崎は水運の要衝であった。
多くの寺社が改修されたのもこの時期である。また、火薬に関する規制が緩やかだったと言われ、今日の花火産業の基礎が築かれた。
明治になり、廃藩置県により岡崎藩が岡崎県となると、岡崎県、ついで額田県の県庁が置かれた。
また、東海道本線をはじめとして次々に鉄道が開通した。
郡政制度があった時期には額田郡庁が置かれるなどしたが、交通の発展に伴い徐々に名古屋の衛星都市となっていった。
また、産業としては水車動力のガラ紡による繊維産業が発達した。(ガラ紡は昭和30年ごろに繊維製品の高度化により衰退)
昭和期、アジア太平洋戦争では、岡崎も空襲を受けた。市内を走る路面電車の車庫が燃えてしまったため、急遽京都から車両を調達したこともあった。
資材供出のために、西尾への鉄道は休止されてしまった。
戦後、隣の豊田市がトヨタ自動車の地元であること、また1970年に三菱自動車工業が北野町に開発センターと工場を設置。
岡崎市のモータリゼーションは特に大きかった。
にもかかわらず、他の大企業の工業を誘致できなかった岡崎市は、近代産業において近隣都市に遅れをとってしまった。
そこで、新興住宅地を次々と造成し、ベッドタウンとしての道を歩むこととなった。
平成に入ると、市街地の郊外化が進んだ。ジャスコ、岡崎郵便局などが次々と康生地区から戸崎地区へと移り、
中心市街地の空洞化が顕著となった。
移動したジャスコを中心としてイオン岡崎ショッピングセンターが形成され、岡崎の商業の中心となっている。
現在のところ、典型的な地方中都市といった様相である。